ラクロスとは?

日本ラクロス協会のサイトに詳細があります。

世界のラクロス

ラクロスは、北アメリカの先住民であるネイティブアメリカンの間で生まれた、数百年以上の歴史を持つスポーツです。彼らにとってラクロスは単なる競技ではなく、神に祈りを捧げる神聖な儀式であり、心身を鍛える修行であり、また共同体の結束を高める重要な文化でもありました。試合は時に数百人規模で行われ、数キロにわたる広大な土地を使い、数日間続くこともあったとされています。このようにラクロスは、勝敗を競うだけでなく、人と人、そして自然や神とつながる意味を持つ存在でした。

17世紀になると、北アメリカを訪れたフランス人宣教師がこの競技を記録し、スティックの形が司教の杖に似ていたことから「ラクロス(la crosse)」と名付けられました。その後、19世紀にカナダでルールの整備が進み、近代スポーツとしての形が確立されていきます。ウィリアム・ビアーズによってルールが制定され、クラブチームや協会が誕生し、ラクロスは急速に広がっていきました。


さらにラクロスは、イギリスやアメリカへと伝わり、大学やクラブを中心に発展していきます。1870年代にはヨーロッパ各地にも広がり、国際的なスポーツとしての基盤が築かれていきました。その後、国際組織の設立により競技としての統一が進み、現在では世界中で楽しまれるスポーツへと成長しています。実際、1970年代にはわずか数カ国だった加盟国が、現在では90カ国以上に広がり、五大陸でプレーされるグローバルスポーツとなっています。


このようにラクロスは、もともと「人と人をつなぐ文化」として誕生し、その精神を受け継ぎながら、現代ではスピードと戦略性を兼ね備えた競技スポーツへと発展してきました。しかしその根底には、仲間との信頼やつながりを大切にする価値観が今も息づいています。

日本のラクロス

日本にラクロスが伝わったのは1980年代です。1986年、慶應義塾大学の学生たちがアメリカ大使館に問い合わせを行い、スティックや資料を取り寄せたことをきっかけに、日本で初めてラクロスチームが誕生しました。当時はまだ競技としての認知はほとんどなく、道具も情報も不足する中で、学生たちが手探りで練習を始めたことが、日本ラクロスのスタートとなります。

翌1987年には、日本ラクロス協会(JLA)が設立され、同年には第1回関東学生リーグが開催されました。当時の競技人口はわずか数百人ほどでしたが、学生たちの情熱によってラクロスは急速に広がっていきます。大学ごとにチームが設立され、競技の普及だけでなく、大会運営や審判、広報活動までも学生自身が担うという独自の文化が形成されました。

1988年には日本学生ラクロス連盟が発足し、全国的な組織体制が整備されます。その後、関東・関西・東海・九州など各地域にリーグ戦が広がり、1990年代には大学スポーツとして確固たる地位を築いていきました。また、海外からの指導者や選手の協力もあり、競技レベルも向上し、日本代表チームが国際大会に参加するようになります。

日本のラクロスの大きな特徴は、「学生主体」で発展してきた点にあります。多くのスポーツが指導者主導で普及するのに対し、日本のラクロスは選手自身が競技を広め、組織をつくり、文化を育ててきました。この背景には、「Lacrosse Makes Friends(ラクロスは友達をつくる)」という理念があり、国籍や世代を超えたつながりを大切にする価値観が根付いています。

2000年代以降は、社会人クラブやジュニア世代への普及も進み、小学生や中高生がラクロスに触れる機会も増えてきました。現在では全国に数多くのチームが存在し、競技人口も拡大しています。日本のラクロスは、ゼロからスタートし、人の力と情熱によって築かれてきたスポーツです。その歩みは、単なる競技の歴史ではなく、「自分たちで創り上げる文化」の歴史とも言えるでしょう。

NeOラクロスクラブ
NeOラクロスクラブ

ラクロスとオリンピック

ラクロスは長い歴史を持ちながら、オリンピックとも深い関わりを持ってきたスポーツです。最初に正式競技として採用されたのは1904年のセントルイス大会、続く1908年のロンドン大会でも実施されました。しかし当時は主に北米中心の競技であり、参加国が限られていたことから、その後は正式競技から外れ、1928年・1932年・1948年には公開競技として行われるにとどまりました。

その後、ラクロスは長い間オリンピックの舞台から離れていましたが、世界的な普及とともに再び注目を集めるようになります。現在では競技は世界90カ国以上に広がり、国際的な競技として成長を続けています。こうした背景の中で、国際ラクロス連盟(World Lacrosse)はオリンピック復帰に向けて競技の整理や普及活動を進めてきました。

そして大きな転機となったのが、2028年ロサンゼルスオリンピックでの競技復帰です。実に120年ぶりに正式競技として復活することが決定しました。
この大会では従来の形式ではなく、「ラクロスシックス(Sixes)」という新しい形式が採用されます。これは1チーム6人で行うスピード感のある競技で、試合時間が短く、展開が速いことが特徴です。観る人にとっても分かりやすく、現代のスポーツ観戦スタイルに合った形として開発されました。

オリンピック復帰は、ラクロスにとって単なる大会参加以上の意味を持ちます。世界中での認知度向上や競技人口の増加、各国での育成環境の整備など、大きな発展のきっかけとなることが期待されています。また、ラクロスが本来持つ「人と人をつなぐ」という価値が、世界中に広がる機会にもなります。

ラクロスは、古くは文化や祈りとして始まり、現代では国際スポーツとして発展してきました。そして今、オリンピックという舞台を通して、再び世界中の人々をつなぐ存在として、新たな時代を迎えようとしています。

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